その日はおかしな日だった。
朝、彩華たちが部室にきても、なにもされなかった。
それは昼休みも同じで、いつものように彼女たちの座布団にされることなく、平穏とした時間を過ごしていた。
しかし、時折、彼女たちがこちらを見て、意味深に笑っていたことや、優子の心配そうな視線。
それだけが町田に、なんともいえない不安感を与えるのだった。
町田はその平穏な時間で、久しぶりに千鶴のことを思い出すのを感じた。
これまでは、彩華たちの調教のせいで、彼女のことを思う時間的余裕がなかったのだ。
あんなにも好きで、毎日毎日考えていた彼女のことを、最近思っていなかったことに、町田は戸惑いを感じた。
脳裏にちらつくのは、彩華の脚。
自分にとって、ご主人様と誓わされているその逞しい脚。
どうしてしまったんだろう自分はと、町田は幾度めか分からない疑問を浮かべる。
自分は、千鶴のことが好きなはずなのに・・・・・・。
町田は苦悩しながら、運命の時間を迎えることになった。
*
「マゾ調教の最終段階よ」
放課後。
部室の中で、彩華が町田に言った。
周囲には、1年生女子部員たちが勢ぞろいしている。
皆、くすくす笑いを浮かべ、これから始まる遊戯に心を浮かせていた。
「さ、最終段階?」
「そう。あんたも、あの男のことは覚えてるでしょ」
「あの男って」
「ふふっ、金玉潰されて不能になったあの男のことよ」
彩華の言葉に、町田は背筋が凍った。
忘れようとしても忘れられるものではない。
目の前で、男の象徴を潰されてしまった男の姿。
そして、それを行ったのは、今、こちらを仁王立ちで見下ろしてくる彩華なのだ。
その恐怖に、町田は背筋が凍った。
「同じことをしてあげる」
彩華が言った。
「といっても、金玉潰すわけじゃないから安心しなさい。これからやるのは、あんたになにもかも捨てて、本当の奴隷宣言してもらうことだから」
「本当の奴隷宣言?」
「そ。口先だけの言葉じゃなくて、心の底からの誓いの言葉。男の心が折れたときにようやく絞り出される断末魔の奴隷宣言。それをこれからやろうってこと」
彩華はにやにや笑っている。
嗜虐そのものといった彩華の様子は、とても堂々として見えた。
「まあ、その前にあんたにはチャンスをあげるわ」
彩華が言った。
「これから、わたしの試練に耐えられたら、奴隷宣言なんてこと、しないでおいてあげる。今までどおり、部室に住むことだって許してあげるわ」
だけど、と彩華は舌で唇を舐めてから、
「試練に耐えられなかったら、奴隷宣言。あんたがどれだけあらがったって無駄。徹底的に虐めて、虐めて、虐めぬいて、あんたの大事な心の芯をバッキバキに折って、奴隷宣言させてあげる」
まあせいぜいがんばることね。
彩華はそう言って、町田を見下ろした。
自分に選択肢はないらしい。
そのことを悟った町田は、意を決して彩華と対面した。
無謀にも、その表情は覚悟の決まった男のそれだった。
*
試練と聞かされて、どんなことをされるのかと戦々恐々の町田だったが、その内容を聞いて、拍子抜けするほどだった。
試練。
その内容は、彩華が脚一本で町田の胴体を締めあげ、それに1分間、気絶しないで耐えればいいというだけのものだった。
いける、町田はそう思った。
確かに、彩華の脚の力は驚異的だ。筋肉質ながらも、柔らかさを失っていない魅力的な脚線美。
その両脚に挟み込まれ、締めあげられてしまえば、10秒ともたずに、失神してしまうだろう。
しかし、今回は片足一本だ。
片足一本では、両足でやるのに比べて、力の差は歴然。
しかも、片足一本だけで締めあげるためには、脚のふくらはぎの裏側と太ももの裏側に町田の胴体を挟み込み、その上で締めあげるしかない。
その不自然な格好で、男の胴体を締めあげ、その意識を奪うなんて芸当は、とうてい不可能。
町田はそう確信していた。楽観はなかったが、希望はあった。
「それじゃあ、始めるわよ」
彩華が言った。
すでに準備は整っていた。
彩華が部室の床に腰を落とし、両手を床について上半身を起こしている。
その右脚のふくらはぎと太ももの間、そこに、町田の胴体が挟み込まれ、町田は地面に仰向けで寝そべっている状態だ。
獲物にまきついて離さない大蛇のような格好。
町田自身も、彩華のふくらはぎと太ももの感触を胴体に感じ、その秘められたポテンシャルに度肝を抜かれていた。
柔らかく、そして、ゴムのような弾力。暖かい肉の造型美は、しかし、おそろしい力を秘めているのが如実に感じ取れた。
しかし、片足一本。片足一本だ。
町田は、彩華に胴体を挟み込まれた恐怖心を、ただその言葉を頭の中で繰り返し唱えることで押さえるしかなかった。
「せいぜい、がんばりなさい。はい、カウント開始♪」
余裕の声色と共に、彩華が脚に力をこめた。
ぎゅううううううッッ!!
「く・・・・・・」
彩華の右脚にさきほどまではなかった筋肉の線が浮かび上がり、捕獲した獲物を締めあげ始めた。
肉と肉がぶつかりあい、その優劣を決める。
町田の胴体には、彩華の脚の筋肉が食い込み、それがさらに増していった。
ギュウウウウウっと、肉が肉をつぶしていく音が響いていく。
しかし、
(な、なんとかなりそうだ)
町田はそう思った。
確かに、彩華の脚の力は尋常ではない。こうして片足一本だというのに、息は満足に吸えないし、ミチミチと肉がつぶされていく音がしてくる。
それでも、耐えられる。
このまま、1分間、意識を保っていることは可能だ。
町田の顔に、苦悶にまみれながらも笑みが浮かんだ。
その笑みが、すぐにかき消されることになる。
「あーあ、やっぱり50じゃ無理か」
彩華が言った。
その顔には、獲物をいたぶるサディスシャンの表情が浮かんでいた。
「クラスの男子は40で墜ちたんだけどね」
「さすがは野球部のキャッチャーさんですねー」
「ぷぷっ。つっても、こいつ、彩華ちゃんの半分の力耐えただけでドヤ顔で笑ってるなんて、身の程知らずもいいとこだわ〜」
それを見た町田の背筋が凍った。
まさか、これが本気じゃないのか? こんなにも力をもった締め付けが、本気じゃない? そんなことあり得るのかと絶望感と共に思う。
答えはすぐに訪れた。
「それじゃあ、70」
端的に彩華が言った。
ボゴオっ!!
彩華の右脚が兆候もなく、いきなり膨張した。
正確には、彩華のたくましい右脚、その皮下脂肪の中に隠されていた筋肉が、浮かび上がってきたのだ。
その力は、彩華の右脚に挟み込まれている町田にそのまま伝わった。
「ひゃっげやああああ!!!」
絶叫が漏れる。
それと同時に、肺にためこんでいた酸素も放出してしまった。
あまりの激痛。胴体がぺしゃんこに潰されている。肉の牢獄にとらえられ、その牢獄が自分を殺すプレス機へと変貌してしまった。
さきほどまでとは比べ物にならない力に、町田は悲鳴で答えるしかなかった。
「80。で、立ち上がっちゃうわよ」
バッギイイイイイ!!
彩華の脚がさらに膨張する。
しかも、彩華は、そのままの状態から、体を起こすと、そのままぴょんっと飛び跳ねるようにして、左脚一本で立ち上がってしまった。
もちろん、右脚のふくらはぎと太股の裏で、町田の胴体を挟みこんだまま・・・・
結果、町田は、彩華の右脚一本に挟み込まれたまま、宙づりの格好になってしまった。
「ひゃああああああ!!」
悲鳴。
そして、じたばたと体を暴れさせ、なんとかこの肉の牢獄から・・・・・・彩華の右脚から逃れようとする。
しかし、全くの無駄。
町田の抵抗は彩華の体をブレさせることすらできなかった。
左脚一本で立っているというのに、彩華は町田が暴れるのも気にとめず、堂々と片足一本だけで直立している。
滑稽な町田のダンス・・・・・陸にあがった魚がぴちぴちと跳ねて抵抗するような、そんな滑稽な様子に、彩華はニンマリと笑った。
「ほら、あと30秒よ。がんばってー」
おどけたように言う。
彼女はすべて分かっている。
町田があと30秒ももたないことを。
それを分かっていながら、彩華は町田のことをなぶっているのだ。
「ほらほら、がんばらないと、奴隷宣言させるわよ。あと、たった25秒我慢するだけでいいんだから、簡単でしょ、ね?」
簡単なわけがなかった。
町田の肺からはすでに酸素はなくなっていた。
彩華の締め付けのせいで、肺が圧迫され、まったく息が吸えない。
パクパクと、口が空気を求めて動くのに、横隔膜と肺が圧迫され、まったく空気を体に入れることができない。
そして、その原因をつくっている、彩華の右足。
彼女の脚の筋肉力はさらに増大し、今や町田の胴体をすっぽりと包み込むまでになっていた。
圧倒的な力の差。
片脚一本にさえ、勝つことができない貧弱な体。
その格の違いをまざまざと、見せつけられ、町田は白目をむきながら耐えるしかなかった。
(あと、15秒だ)
永遠にも等しい時間。
しかし、それだけ耐えられれば、自分は解放される。
なんとか、
なんとかあと15秒だけ。
町田の脳裏に千鶴の笑みが浮かんだ。
しかし、
「90」
ベッギイイイイイイ!!
「stこdjdsmごっっぱあ!!!」
ボゴオっとさらに彩華の右脚の筋肉が現れる。
すでに、町田の胴体ほどにまで発達した彩華の右脚は、その力すべてを町田の締め付けに使用した。
声にならない絶叫。
ブラックアウト。
町田の体がビクンビクンと痙攣し、そして、動かなくなった。
「はい、一丁あがり♪」
彩華がこともなげに言った。
右脚を開き、どさっと町田が地面に投げ捨てられた。
うつぶせで落ちた町田を、彩華が足で動かして、仰向けにさせる。
現れたのは、白目をむき、口からぶくぶくと泡を吹いている醜く汚れた男の姿だった。
「残り13秒。おしかったじゃない。ふふっ」
すでに意識がなくなった町田に対して、からかうようにして言った。
周囲の少女たちも、くすくす笑いでそれを見下ろしている。
彩華は片足一本。
しかも、全力を出すことなく、町田の意識をかりとってしまったのだ。
全くの予定調和。
彩華にとっては、町田の抵抗など、はっきり言って問題にすらならなかった。
「あんたが起きたら、地獄の中よ」
彩華が仁王立ちで町田を見下ろしながら言った。
「せいぜい、最後の安眠を楽しむのね」
(続く)