夢の中にいることはすぐに分かった。

 僕は玖留美ちゃんに食べられていた。

 比喩的な意味ではなく本当に食べられているのだ。

 どうやら僕の体はクッキーみたいになっているようだった。

 玖留美ちゃんが大きな口をあけて僕の体にかぶりつく。彼女の歯が僕の体に食い込んで楽々と噛み千切られてしまった。

 流血はなかった。

 僕の体はクッキーになっていたので、噛み千切られた跡は何かよく分からないスポンジみたいになっていた。ただ、自分の体が欠損していることだけは確かだった。僕の体はあっという間に玖留美ちゃんに食べられていった。

 玖留美ちゃんは本当においしそうに僕の体を食べた。

 僕の瞳をじいっと見つめながら、僕の体のどこかにかぶりつき、スポンジになった体の一部を噛み千切って、口いっぱいに含む。それを僕の顔の間近でもぐもぐと噛み砕いて堪能していった。

 その様子を見せつけられる。

 僕は、自分の体がこの美しい女の子に食べられていくさまを目の前で見つめることしかできない。

 僕の体を味わっている玖留美ちゃんは本当に嬉しそうだった。

 ゴクンと喉をならして僕の体を飲み込む。

 それごとに彼女は大きな口をあけてその中が空であることを僕に見せつけてきた。そして、ニンマリと笑うのだ。「いただきます」という声がして、また僕の体が噛み千切られる。それが繰り返されていった。

 両腕と両足がなくなった。

 だるま状態になった僕の腰のあたりから、じっくりと玖留美ちゃんは僕の体を平らげていく。

 腰がなくなり、お腹がなくなった。

 胸が食べられて、肩も平らげられた。

 首にかぶりつかれて、口に含まれたまま噛み砕きと嚥下が繰り返され、あっという間に食べつくされてしまった。

 僕の頭部だけが残された。

 それでも意識があった。

 彼女は頭部だけになった僕のことを両手に乗せると、そのまま立ち上がった。

 浮遊感があって視線が高くなる。

 玖留美ちゃんと同じ視線の高さまで僕の頭部が持ち上げられる。彼女はまるで宝物でも手にとるような慎重さで僕の頭部を扱っていた。

 目の前。

 そこには目をキラキラさせた玖留美ちゃんがいた。

 彼女は僕の頭部をニンマリ笑いながら見つめてから、再度、「いただきま~す」と言って、口を大きく開いた。

 彼女の口の中がすべてみえた。

 真っ白な歯が並んでいた。舌が手招きするみたいに蠢いている。のどちんこまでくっきりと見えた。彼女の唾液が糸を引いているのさえ分かった。

 そのまま僕の頭部は丸飲みにされた。

 一口で僕の残った頭部が口に含まれる。僕の全存在は玖留美ちゃんの口の中に閉じこめられてしまった。なま暖かい粘着質な感触が全身を包み込んだ。

 バギベギバギイイイッ!

 噛み砕かれる。

 強靱な玖留美ちゃんの顎が僕の頭蓋骨ごと噛み砕いていくのが分かった。彼女の歯が僕の頭部にあたる。僕の頭蓋骨なんてわたがしみたいなものなのだ。バエギベギイイイっという音が盛大に鳴っている。さきほどまで体を食べられていたときには聞こえなかった音だ。玖留美ちゃんの強靱な顎が情け容赦なく僕の頭部を噛み砕いていった。

 そしてあっという間に僕の頭はぐちゃぐちゃにされた。

 彼女の口の中で米粒みたいに噛み砕かれてしまっている。あとはどうなるのかなんて考えるまでもなかった。


「ふふっ」


 彼女が笑った。

 ゴクンと玖留美ちゃんの喉がなる。

 飲み込まれていく。

 噛み砕かれた僕の頭部が飲み込まれていった。口の中にいる僕はその光景をまじまじと堪能していた。自分の存在が玖留美ちゃんに食べられていく。

 喉を通り、食道を抜けて胃の中におちる。

 玖留美ちゃんの食欲を支える消化器官の圧倒的な性能によって、僕の体はすぐに溶かされて吸収されてしまうだろう。

 彼女の栄養素にされる。

 彼女の体を支えるつかの間のエネルギー源にされるのだ。

 それは、一瞬ではあっても玖留美ちゃんと一つになる瞬間だった。

 僕はそれを受け止め、最後のひとかけらとなった僕の残骸が、玖留美ちゃんの喉を通っていく感触に感じ入っていた。ゴクンと嚥下する音が心臓の鼓動みたいに大きく聞こえた。


 *


 目が覚めた。

 どうやら気絶していたようだった。

 目を覚ましたら保健室にいた。

 ベットの上。 

 下半身がやけにスウスウするなと思ったらパンツをはいておらずいつの間にかジャージ姿になっていた。それだけ射精したのだ。誰かが着替えさせてくれたのだろう。

 さきほどまでのことが夢でないことは起きた瞬間から分かっていた。

 鯉は食べられてしまったのだ。

 僕の分身みたいなあの鯉は食べられてしまった。

 僕らよりも強くて優れた生物に食べられてしまったのだった。

 彼女のことを考えただけで、僕の縮こまった下半身は歓喜にビクンと震えた。身も心も屈服してしまっている。そのことがあらためて自覚される瞬間だった。


「あ、起きたのね」


 その声だけで僕の体に悦びの電流が走った。

 玖留美ちゃん。

 彼女がベットの横の椅子に座って僕のことを見下ろしていた。


「く、玖留美さま」


 その言葉が自然と出てきた。

 僕の心も体も彼女に屈服しているのだ。僕の視界にうつった玖留美ちゃんはキラキラしていた。なんだか本当に綺麗だった。さっきの夢みたいに食べられたい。この人の一部になりたい。そんなことを思った。


「あんたの下半身、すごいことになってたから着替えさせといたわよ。着てた服はまとめておいたから」


 そう言ってゴミ袋を手渡された。

 その中には精液まみれになった僕のパンツとズボンが入っていた。


「ほんっと、すごい量よね」

「す、すみません」

「いいのよ謝らなくて。食べられちゃうの見て興奮したんだもんね」

「も、申し訳ありません玖留美様。ゆ、ゆるしてください」

「だからいいんだってそんなのは。というか、明日からは今日のが子供だましに思えるくらい射精させちゃうから」

「え?」

「そんなことより」


 玖留美ちゃんが立ち上がった。

 はるか高みから彼女は僕のことを見下ろして言った。


「玖留美様って呼ぶの禁止」

「え?」

「敬語も禁止。わかった?」

「そ、それはどういう?」

「わかった?」


 すごい迫力だった。

 燃えたぎるような瞳が僕のことを見つめている。

 逆らえるはずがなく、僕はコクンと一度うなづいた。


「よろしい。それじゃあ、行くわよ」

「行くって、どこへ?」

「その汚れた服、洗わないとでしょ。あんたの両親は厳しいんだから、そのまま家に帰ったら、叱られるんじゃないの?」


 そのとおりだった。

 あの厳格な両親のことだ。息子が精液まみれの服を持ち帰ったら、二度と外出させてくれないかもしれない。でも、家に帰らずこの服を洗うにはどうすればいいのだろう。


「わたしの家に来なさい」

「え?」

「わたしの家にくるの。早くしなさい」


 そう言うと玖留美ちゃんは僕の手を握ってきた。

 まるで恋人つなぎのように指と指を絡める。

 彼女の大きな手が僕の小さな手を包み込むようだった。その大きさと暖かさに、僕の心は高揚してしまった。


「それに、あんたには見せたいものがあるのよね」

「見せたいもの?」

「そう。きっと、あんたはびっくりすると思うわよ」


 玖留美ちゃんがニンマリと笑った。

 いつもの玖留美ちゃんだった。

 僕のことを虐めて楽しむサディストの権化。ふつうの男だったら恐怖を感じるのだろうが、今の僕は歓喜しか覚えなかった。それが玖留美ちゃんにも伝わったのだろう。彼女は「ふふっ」と笑い、握った手をぎゅううっと握りしめてきた。

 その握力の力だけで自分が誰に支配されているのか骨の髄まで教え込まされる。

 ますます興奮した僕は、熱に浮かされたような視線でもって玖留美ちゃんの顔を見上げるのだった。


 *


 玖留美ちゃんとは並んで歩いた。

 彼女の長い脚から繰り出される歩幅についていくことは大変だった。玖留美ちゃんはふつうに歩いているだけなのに、僕は時々小走りにならないと玖留美ちゃんについていけなかった。


「足おっそいわね~、小太郎」


 しみじみと言う玖留美ちゃんだった。


「し、仕方ないよ。玖留美ちゃんと僕とでは足の長さが違うんだもん」

「まあ、ぜんぜん違うわよね。同じ生物とは思えないくらいよ」

「そ、そこまでは言ってないけど」

「でも、わたしの太もも、小太郎の胴体より太いし、腰の高さだってほら、こんなに違うのよ」


 玖留美ちゃんは身長の高さをはかるみたいにして自分の腰の高さから水平に手を伸ばしてきた。その手は僕の胸のあたりにこつんと当たった。


「あはは、チ~ビ」

「う、ううううッ」


 まざまざと体格差を刻み込まれる。

 そんな間も彼女の大きな手は僕の手を掴んで離してもらえなかった。それどころか、僕が落ち込んでいる瞬間を見計らってギュウッギュウッと力をこめてくるのだ。激痛に顔をゆがめた僕の表情を彼女は極上の笑顔で見下ろしてきた。


「食べてるものが違うのかしらね。やっぱり」


 ビクンと僕の体が震える。


「新鮮な獲物をお腹いっぱい食べてるから、わたしの体はどんどん成長するのかも。ねえ、どう思う?」

「ど、どうって言われても」

「あんたもわたしに食べられたい?」


 ぎゅうううっと手が力をもった。

 まるでお前が次の獲物なのだと宣言されるようだった。

 ぜったいに逃げられない。そう思うと僕の下半身がビクンと反応してしまった。あれだけ射精して、もう精液だって残っていないというのに、僕の一物はガチガチに勃起して、ズボンにテントをつくってしまう。恥ずかしさのあまり、僕は下をむくしかなかった。


「ふふっ、変態」


 玖留美ちゃんが楽しそうに言った。


「あんたは本当に変態よね。わたしに虐められているときから、小太郎だけはずっと興奮してたもの。ほかの男子が恐怖で発狂しそうになっているときも、あんただけはキラキラした瞳でわたしのこと見上げてたもんね」

「そ、そんなことないよ」

「そんなことあるのよ。あんたが気づいていなかっただけで。それにさ」


 玖留美ちゃんがニンマリと笑った。


「もう今のあんたは気づいているでしょ?」

「・・・・・・・・・・・・・」

「わたしに食べられたいって、そう思ってるんだよね」


 熱い視線が僕に突き刺さる。

 勃起がますます固くなった。

 僕は彼女のサディスティックな視線をそれ以上見つめていると興奮でおかしくなりそうだったので、うつむいてしまった。その状態で一度、コクンと首を縦にふった。


「ふふっ、素直でよろしい」


 ぎゅうううううッ!


「あ」

「もう逃がさないわよ」

「く、玖留美ちゃん、痛い」

「あんたはわたしのものなんだから。ぜったいにもう逃がさない。覚悟しなさいよね」


 ぎゅううううッ!

 僕の手が握りつぶされる。

 早足になった玖留美ちゃんがさらに先に歩いていった。僕は小走りになって、彼女のあとを追うことしかできなかった。

 玖留美ちゃんの家へ。

 食欲旺盛な玖留美ちゃんの家へと僕の体は連れていかれた。


 *


 このまま食べられてしまうのだろうか。

 玖留美ちゃんに引っ張られて歩いているうちに、僕はそんなことを思った。

 このまま玖留美ちゃんの家に連れて行かれて、僕は食べられてしまうのだろうか。

 あの鯉みたいに。

 僕の親友みたいだったあの鯉みたいに、彼女の家の台所で調理されて、この美しい女の子に食べられてしまうのだろうか。

 恐怖がなかったといったら嘘になる。

 それでも僕の体は一度も抵抗しなかった。

 玖留美ちゃんに握られた手の感覚に陶酔しながら、僕の体は自分の意志で玖留美ちゃんのあとをついていった。

 食べられてもいい。

 いや、食べられたい。

 この圧倒的な体格差の女の子に食べられちゃいたい。

 そんなことを思うと、ますます僕の一物は勃起していった。

 歩きにくそうにしていると玖留美ちゃんが振り返ってきた。彼女はすべてお見通しだと言わんばかりにニンマリ笑っていた。

 玖留美ちゃんの頬も赤く染まっていた。

 キラキラ光る瞳が本当に綺麗だった。

 僕はますます玖留美ちゃんに食べられたいと思いながら、彼女のあとを必死についていった。


 *


 家についた。

 初めて見る玖留美ちゃんの家はとても大きかった。

 大きな人間は大きな家に住んでいるものなのだろうか。自分の家が矮小に見えるほどの西洋風の一軒家だった。


「入って」


 ねっとりと絡みつくような声色。

 僕と玖留美ちゃんは顔を真っ赤にしながら、ドアを開けて家にあがった。

 家の中はしーんと静まりかえっていた。僕は玄関で立ち尽くしている状態でその人気のない家の中に不審を感じた。


「いま、誰もいないようなものなんだよね」


 玖留美ちゃんが言った。


「だから遠慮しないで」


 彼女の手がそっと僕の背中にふれた。

 優しげな手つきなのに有無を言わせない感じのする感触だった。彼女の大きな手が背中にあてがわれていると、もうこの家から出ることはできないのではないかと思った。玄関のドアがしめられ、ガチャンと鍵をかける音が大きく聞こえた。


「ほら、わたしの部屋いこう」


 僕の背中に手をまわしながら玖留美ちゃんが言う。

 僕は興奮しっぱなしで彼女に言われるがまま靴を脱いで家にあがった。フローリングの廊下をゆっくりと歩いていく。隣の玖留美ちゃんの大きな存在を間近で感じていると目的地に到着したようだった。


「ここがわたしの部屋」


 ドアがある。

 個室だ。

 その中は玖留美ちゃんの部屋だった。

 見せたいものがあると玖留美ちゃんは言った。

 それが部屋の中にあるのだろう。

 それがなんなのかは分からなかった。しかし、玖留美ちゃんのニンマリとした笑顔を見ると僕の下半身はますます勃起していた。

 ゴクンと唾を飲み込んだ。


「ふふっ、たぶん驚くと思うよ」


 玖留美ちゃがドアをあけた。

 彼女の部屋の中が見える。

 片づいている。それが意外といえば意外だった。大きなベットがあって机がある。衣装ダンスがあって水槽があった。

 水槽?

 見間違いようがない。それは水槽だった。

 大きな水槽だ。少なくともメダカや金魚を飼うような水槽ではなかった。大型の魚を入れることができる種類のもの。なみなみと水が入れられて、空気ポンプからは綺麗な泡が間断なくそそぎ込まれていた。

 水槽の中には鯉がいた。

 鈍い色をしたあの鯉だった。

 昨日、玖留美ちゃんに釣り上げられた鯉だ。

 今日の給食で玖留美ちゃんに食べられてしまった鯉がそこにはいた。


「え?」


 混乱する。

 水槽に近寄ってまじまじと観察した。

 それでもその鯉はあの鯉だった。

 去年の秋からパンをやり続けていた鯉。僕に気づいたのかばしゃばしゃ元気に泳ぎまわり始めた。おそらくエサをもらえると思っているのだろう。鈍重そうな大きな体を俊敏に泳がせて、鈍い銀色の鱗が照明の光を浴びてキラキラ光っていた。


「く、玖留美ちゃん」

「なあに?」

「これ、え? だ、だって今日の給食で」


 僕が水槽から視線をはずして隣の玖留美ちゃんを見上げると、そこにはイタズラが成功した子供みたいな笑顔を浮かべる彼女がいた。


「給食のやつは買ってきた鯉だよ」

「か、買ってきた?」

「そう。スーパーとかじゃ売ってないから、パパに鮮魚店で買ってきてもらったの」

「で、でも、え? っていうことは、鯉は生きてるってこと?」

「見ればわかるでしょ。ほら、泳いでる」

「そうだけどさ。そうなんだけども。それはそうなんだけどさ」


 混乱した頭が次第に冷静さを取り戻していく。

 食べられていなかったのだ。

 鯉は食べられていなかった。

 僕の瞳からは涙が出てきた。

 僕は玖留美ちゃんに抱きついていた。


「ちょ、ちょっと小太郎」


 珍しく玖留美ちゃんが慌てた声をあげる。

 僕はそれどころじゃなくて、彼女のたくましい太ももにすがりつくようにしてギュウウっと抱きしめていた。


「ありがとう。玖留美ちゃん、ありがとう」


 そんな言葉が一人でに出てくる。

 彼女の大きな体を抱きしめながら見上げると、そこには困った顔をした玖留美ちゃんがいた。その手が一瞬のためらいを見せた後、僕の頭をなでてきた。

 それと同時に戸惑った表情がニンマリとした嗜虐的な笑みになる。ほとんどの男子が恐怖するその笑顔は壮絶に美しかった。


「なんか勘違いしてるみたいね」


 僕の頭をグリグリ力強く撫でながら玖留美ちゃんが言う。


「わたし、鯉に名前つけたのよね」

「な、名前?」

「そう。聞きたい?」


 僕はコクンとうなづいた。

 彼女はニンマリ笑った。


「ふふっ。「ヒジョウショク」よ」

「え?」

「だから、「非常食」。それが鯉の名前」


 ビクンと震える。

 怯えた眼で玖留美ちゃんを見上げることしかできない。


「わたしが小太郎に飽きたら、こいつのことは食べちゃおうと思ってるのよね」


 玖留美ちゃんが語りかけてくる。


「そのときは、あんたの前で食べるわ。台所で頭切り落とすところも見せつける。鱗もぜんぶはぎとって、内蔵とりだして三枚におろすところも全部見せつけて、その体をぜ~んぶ食べちゃうところまで、あんたの目の前でやるから」

「ひ、ひい」

「その後、小太郎のことも食べちゃおうかな」

「ゆ、ゆるし」

「あんたも期待してるんだもんね。わたしに食べられちゃいたいんでしょ」


 あんたの考えはぜんぶお見通し。

 玖留美ちゃんがふふっと笑った。


「小太郎は変態だもんね」


 彼女の手が僕の首からタオルをはぎ取った。

 首まわりにできた黒いアザを隠すためのタオルを取り払って、そのアザをまじまじと見下ろしてくる。


「首しめてできたアザを後生大事にしてさ。あんた、家でも鏡の前でコレ見て興奮してたんでしょ」

「・・・・・・・・・・・・・」

「わたしにつけられたアザ見て、食べられたいって、毎日毎日そう思ってたんだよね?」


 すべて玖留美ちゃんの言うとおりだった。

 僕は玖留美ちゃんに食べられてしまいたいのだ。

 彼女のねっとりとした視線が僕のことを見下ろしている。自分にできることはコクンとうなずくことだけだった。


「ふふっ、ほんとうに素直になったね小太郎」


 玖留美ちゃんが僕のアザを撫でながら言った。

 首まわりについた黒いアザをまるで愛おしいものに触れるようにして撫でている。僕はその感触に陶酔し、早く食べてもらいたいと、そう思った。はやく、玖留美ちゃんに首を締められたい。そんな期待をもって彼女のことを見上げると、彼女が優しくほほえんでいるのが見えた。

 ああ、希望がかなう。

 そんなことが分かった瞬間だった。

 玖留美ちゃんといれば夢がかなう。一生、彼女についていこうと、そう思った。


「玖留美~、帰っているの~」


 そんな声が部屋の外から聞こえてきた。

 僕の首をわし掴みにしようとしていた玖留美ちゃんの手がぴたっと止まってしまった。足音が近づいてきてドアが開いた。


「やっぱり帰ってきてたのね~。今日はずいぶん早いわね」


 現れたのは美しい女性だった。

 身長が高い。おっぱいもでかかった。

 顔立ちがどこか玖留美ちゃんににていた。玖留美ちゃんが大きくなったらこうなるだろうと思えるほどの大人っぽい女性だった。

 その女性が部屋の中に入ってきて、そこでようやく僕に気づいたようだった。驚きで目を大きくしているところなんかも玖留美ちゃんにそっくりだ。「まあまあ」「あらあら」なんて、口もとを手で隠しながら声をあげている。


「ひょっとして、あなたが小太郎くん?」

「え?」

「ね、そうでしょ? 玖留美から聞いてたとおりの子ね。ふふっ、娘がいつもお世話になっています。玖留美の母の瑠璃です」


 笑ってお辞儀をされる。

 ご丁寧にどうもとこちらも頭を下げようとするのだが、そんなことよりも。


「お、お母さん?」


 この目の前の女性が?

 大人っぽいといっても一児の母には見えなかった。

 てっきり玖留美ちゃんのお姉さんだとばかり思っていたのだ。


「ちょっとママ、小太郎に手を出すのはやめてよね」

「あらあら、そんなつもりないのに~」

「どうだか。その無駄に大きなおっぱい、小太郎に見せつけてるの分かるんだからね」

「この子ったらもう~。独占欲が強いんだから~。ちょっとあいさつしていただけじゃないね」


 そこでウインクをしてくる玖留美ちゃんの母親。

 その仕草だけで僕の心臓が脈打って頭が麻痺したようになった。


「ママ、出て行ってよ」


 玖留美ちゃんが僕と瑠璃さんの間に割って入った。

 瑠璃さんに立ちはだかるみたいにして僕のことを背後に隠してしまう。


「ママにはパパがいるでしょ」

「そうよね~。そうなんだけどね~。あの人ももっと体力があれば、いうことないんだけどな~」

「あんだけ毎日搾り取れば仕方ないでしょうに。今も部屋で気絶してるんでしょ?」

「そうなのよ~。そのせいでヒマでヒマで時間を持て余してちゃって~。家畜ちゃんで遊んできたところなの~」


 この人たちは何を言っているのだろうか。

 玖留美ちゃんと瑠璃さんの会話がさっぱり分からなかった。


「それにしても」


 瑠璃さんがニンマリ笑って言った。

 その笑顔は玖留美ちゃんの嗜虐的な表情ととてもよくにていた。


「玖留美ったら、ほんとうに小太郎くんのことを気に入っているのね」

「そ、そんなことないし」

「あらあら。昨日、いきなり鯉を連れてきて、「太郎が死んじゃう。太郎を助けて」って、泣きながらお願いしてきたのは誰だったかしら? ふだんは親にも頼ろうとしない涙一つ見せない子なのにね」


 その言葉に玖留美ちゃんの顔が赤くなった。

 そんな玖留美ちゃんの表情は貴重だったが、気になることがあった。


「た、太郎って?」

「ん? この鯉の名前よ~。玖留美がつけたのよね。小さくない小太郎だから太郎だって言ってね~。わたしの太郎が死んじゃう~って、昨日の夜はひどかったのよ」

「え、だ、だって」


 この鯉の名前は非常食なのではないのか。

 そんな疑問の表情で玖留美ちゃんを見上げると、そこには顔を真っ赤にしている彼女がいるだけだった。


「いいからママ。ほら、とっとと出て行って」

「あらあら、それじゃあまたね小太郎くん」

「もう二度と会うことなんてないわよ。さよなら」


 瑠璃さんを部屋の外に押し出した玖留美ちゃん。

 はあはあと息を荒くしている。


「く、玖留美ちゃん、大丈夫?」

「忘れなさい」

「え?」

「今のやりとりは忘れなさい」


 大迫力で言い放ってきた。

 その鬼気迫る様子に僕は「う、うん」とうなずくことしかできなかった。


「あと、ママには近づかないこと」

「え、近づかないって?」

「半径1キロメートル以内に存在しちゃダメ。あの人が近くにいたらダッシュで逃げること。すぐに走ってわたしのところに来なさい。守ってあげるから」

「なにそれ、どういうこと?」

「い・い・わ・ね」


 ぎろっという瞳でにらみつけられた。

 またしても僕は「う、うん」と頷くしかなかった。さきほどから頷いてばかりだった。


「ほんと、うちのママに目をつけられた男は悲惨な目にあうのよ。あの見た目にだまされて食べられちゃうの。骨も残らないほどにね」

「え?」

「前に言わなかったっけ? あの人、パパだけじゃなくて家畜を飼ってて、そいつらの精液搾り取って遊んでるの。何人か意識不明になって病院で入院してる。あんたも気をつけないとすぐに家畜にさせられるわよ。それで食べられちゃうの」


 玖留美ちゃんはまるで僕に言い聞かせるようだった。


「小太郎」


 あらたまってそう言うと、玖留美ちゃんはぐいっと自分の顔を僕の鼻先に近づけた。

 彼女の大きな手が僕の両肩に置かれて逃げられない。彼女の瞳が僕のことを至近距離から見下ろしている。鼻と鼻がぶつかる近さ。彼女の熱い視線と荒い息が間近に感じられた。


「あんたはわたしが食べるの」

「く、玖留美ちゃん、肩、痛いよ」

「誰にも渡さない。ぜったいに」


 何かに怯えているように見えた。

 そんな彼女は初めてだった。

 いつもの強気で嗜虐的な様子はなくなって、年相応の女の子がそこにいた。心なしか僕の両手に置かれている手もぷるぷると震えているように見える。

 玖留美ちゃんと瑠璃さんの間に何があるのかは分からない。けれども一つだけ言えることがあった。

 僕には目の前の玖留美ちゃんだけが重要だった。

 彼女が怯えているのなら手助けをしたい。とるにたらない僕だけど玖留美ちゃんの力になりたい。それだけが望みだった。


「玖留美ちゃん」


 僕は肩に置かれた彼女の手を握った。

 ビクンと震えた彼女が僕のことを見下ろしてくる。

 僕はそのまま彼女の両手を導いた。

 あるべきところへ。

 その両手がおさまるべきところへ。

 ゆっくりと彼女の手を導いていく。

 僕の首。

 アザが薄くなってきた僕の首に彼女の両手をいざなった。


「小太郎」


 それ以上言葉はいらなかった。

 僕は玖留美ちゃんを見上げるだけでよかった。

 それだけで玖留美ちゃんは笑顔になる。

 よかった。いつもの笑顔だ。

 彼女はニンマリと笑っている。サディストの権化みたいな表情で僕を見下ろしていた。


「二度と消えないようにヤツつけてあげる」


 玖留美ちゃんの両手に力がこもる。

 ぎっちりと彼女の手の中に埋まった僕の首の肉が悲鳴をあげた。体が持ち上げられる。すぐに足は地面につかなくなった。彼女の頭よりも高く持ち上げられ宙づりにされる。見下ろす格好になった僕と見上げる玖留美ちゃんの瞳が交差した。


「ふふっ、いただきま~す」


 ぎゅううううッ!

 さらに力がこもった。

 僕の体が痙攣を始める。

 一人でに足がジタバタと暴れていた。陸にあがった魚だ。これから僕は玖留美ちゃんに食べられてしまうのだ。

 苦しかった。けれどもとても幸福だった。

 僕は首を締められて殺されるかもしれないのにこれまでの人生で感じたことのない満ち足りた気持ちになっていた。

 悲鳴がもれる。

 それは歓喜の悲鳴だった。

 陸揚げされた魚みたいに僕の体がパタパタ暴れる。

 水槽の中で鯉もぽちゃんと飛び跳ねた。

 次第に視界が暗くなっていく。

 こちらを見上げる玖留美ちゃんの笑顔。

 とても綺麗だ。

 彼女の口元が動く。何か喋りかけられている。しかし聞こえない。聞こえないけど全部分かった。

 僕は顔を鬱血させながら笑って、そのまま、玖留美ちゃんに食べられた。


つづく