初夏になった。

 外を歩くだけで汗ばむようになる。

 去年までは外出することを避け、家で閉じこもって引きこもっていた。厳しい両親の監視のもと勉強をしなければならなかったが、逆にいえば勉強をしていれば問題なかった。

 僕は一人で勉強するか本を読むかしているだけだった。それが去年までの生活だった。しかし、今年は違った。


「ご、ごめん玖留美ちゃん、遅れちゃった」


 夕闇に染まる頃。

 僕はいつものように川に来ていた。そこにはすでに玖留美ちゃんがいて、怒ったようにこちらを見下ろしていた。


「遅い」


 一言、それだけを言う。

 しかし、その声には学校での彼女の恐ろしさがこもっていなかった。年相応の女の子が怒っているようにしか聞こえなかった。


「ご、ごめん。休みで両親が家にいて、口実つくるのに手間取っちゃって」


 僕は申し訳なく思っていた。

 玖留美ちゃんよりも早く来て待っている約束なのだ。それが平日だろうが休日だろうが関係なかった。僕は玖留美ちゃんを待たせてしまったことに恐縮しっぱなしだった。


「へー、小太郎の家って厳しいんだ」

「そ、そうだね。休日も外に出ないで家で勉強してろって、いつも言われてるよ。それでいつも怒られてる」

「うわっ、よくそれ耐えられるわね。わたしだったら一日で切れちゃうな」


 そう言って顔をしかめる玖留美ちゃんだった。

 さきほどまでの怒った様子もなくなっていた。僕はほっとしてしまって、玖留美ちゃんがいつの間にか近づいてきたことに気づかなかった。


「まあ、がんばって急いできてくれたことは分かるから、勘弁してあげるよ」


 そう言って玖留美ちゃんが僕の頭を撫で始めた。

 目の前には大きな玖留美ちゃんの体がある。

 休日なのにいつもの学校指定の体操着姿。

 彼女の大きな体には似合わないその6年生と刻印されたジャージはどこまでも背徳的に見えた。

 僕ら男子も着用するジャージ。それを着た玖留美ちゃんを見れば、彼女が自分たちと同じ学年の少女なのだということが嫌でも分かった。

 高い身長と発達した体。

 それと比べて自分の体はひょろ長くてチビだった。

 目の前に立たれているだけで、生物的な格差みたいなものに感じ入ってしまう。しかも、今、僕は玖留美ちゃんに頭を撫でられているのだ。まるでペットを誉めるみたいにして、同級生の女の子に頭を撫でられている。本来ならば屈辱的なことのはずだった。同級生の女の子に頭を撫でられるなんて素直になれない僕らみたいな年代の男子には耐えられないはずだ。しかし、


(き、きもちい)


 彼女の手の感触はとても心地よかった。

 玖留美ちゃんに撫でられれば撫でられるほどに、頭に電流が走ったみたいになって幸せいっぱいになってしまった。


「ふふっ、小太郎。目、トロンとしてきたよ」

「あ、あああ」

「そんなに気持ちいんだ。なんだかズルいな」


 そう言った玖留美ちゃんがいきなりしゃがんだ。

 しゃがみ込んだ彼女の視線は僕と同じ高さになった。彼女はそのまま笑った。


「わたしの頭も撫でてよ」

「え、え」

「小太郎ばっかりズルいじゃん。ほら早く」


 そう言って玖留美ちゃんは目をつむってしまった。

 目の前には彼女の光沢を帯びた美しい髪があった。少し茶色がかった女性の髪が光輝いていた。

 触れたくても触れられない憧れの女の子の髪が手の届くところにある。僕は震える手で玖留美ちゃんの頭を撫でた。触れただけで、なにか生命の不思議みたいなものに直に触れた。そんな気がした。


「ふーん、別に大したことないや」


 ひとしきり、されるがままに撫でられていた玖留美ちゃんが言った。


「小太郎が目トロンとさせてたから、どんなに気持ちがいいのかって思ったけど、別に大して気持ちよくないよね」

「う、あ」

「わたしは逆に小太郎撫でてるほうがよかったかな」


 ふふっと笑った玖留美ちゃんが立ち上がる。

 またしても僕の手は彼女の髪に触れることもできなくなってしまう。それとは正反対に、仁王立ちになった玖留美ちゃんは自由に僕の頭を撫でることができるのだった。


「ふふっ、まあ、また明日やるわ。楽しみはとっておかなくちゃ」


 彼女はバックからパンを取り出すと、それを半分こにして渡してくれた。


「ほら、エサあげよう。はやくしないと、小太郎、家の人に怒られちゃうでしょ」

「う、うんそうだね。早めに帰ったほうがいいと思う」

「じゃ、ぱっぱとエサやりしちゃおうよ。あいつも、さっきからバシャバシャ跳ねて催促してるみたいだしさ」


 そう言われてみて、はじめて水面の様子に気づいた。

 さきほどから、僕らの鯉がばしゃばしゃ暴れていた。僕らが姿を現したのにいつまでたってもエサをくれないからヤキモキしてるのだろう。

 僕と玖留美ちゃんは、パンを千切って次々と川に落としていった。鯉はそれを一瞬にして飲み込みぱくぱくと食べていった。


「うわっ、だいぶ腹すかしてたみたいね」

「そ、そうだね。すごい勢いだ」


 まるで給食の時の玖留美ちゃんみたいだ。


「まるで給食の時のわたしみたい?」

「あはは、そうかも。肉料理が出たときの玖留美ちゃんがまさにあんな感じだよ」


 失言に体が凍った。

 調子にのってしまった。取り返しがつかない。僕が給食中、彼女の食いっぷりを凝視していることがバレてしまった。食いしん坊キャラみたいに思っていたことが玖留美ちゃんに知られてしまった。終わりだった。


「ふふっ」


 殴られると思った僕は、そんな玖留美ちゃんの笑顔にポカンとしてしまった。見上げると、そこには優しげにほほえむ玖留美ちゃんがいた。


「ねえ、あんた、体の大きな女の子が好きなの?」

「え、え」

「いつも見てるもんね。わたしが男子虐めて遊んでる時もさ。ほかの男子は次の標的にされないようにって目をそらしてるのに、あんただけ食い入るみたいに見つめて来るんだもん」


 玖留美ちゃんに見下ろされている。

 それなのに威圧感はなかった。


「太ももで食べて遊んでるときもさ」


 玖留美ちゃんが太ももに力をこめた。

 まるで男子の頭を挟んで潰すみたいに力をこめることによって、彼女の太ももが凶悪に蠢いた。ムチムチした柔らかそうな脚が男子の頭蓋骨を噛み砕いて食い散らかしてしまう恐ろしい脚に変わっている。僕は思わず凝視してしまった。


「おっぱいで丸飲みして遊んでるときも」


 玖留美ちゃんがグラビアアイドルみたいに谷間を寄せあげて強調した。

 僕の視線の高さにある大きなおっぱいが体操着越しに柔らかそうに変形している。それは男子の頭を丸飲みしてしまう恐ろしいおっぱいだった。それに食べられてしまったら、あとは無惨にも食べちらかされてしまうのだ。この大きなおっぱいを前にすれば男子なんてひとたまりもなかった。


「この腕を男子の首に巻き付かせて締め上げてるときも」


 玖留美ちゃんが片腕だけ折り曲げて力こぶをつくった。太くてムチムチした二の腕にボコリと筋肉が隆起する。いつもは皮下脂肪の下に眠っていた彼女の筋肉がまるで僕のことを食べてやると宣言するみたいに浮かび上がってきていた。


「そういえば、小太郎はこの腕のすごさ知ってるんだっけ。最近も、チョークスリーパーで締めあげたもんね」

「う、ううう」

「首まわり見せてよ。どうなってる?」


 そう言うと玖留美ちゃんが僕の首にまかれているタオルをとった。

 玖留美ちゃんにチョークスリーパーをされて、黒い大蛇が巻き付いたみたいになってしまった僕の首。その疵を隠すために四六時中マフラーみたいにつけていたタオルを玖留美ちゃんにはぎ取られてしまった。


「ふーん、けっこう薄れてきたね」


 玖留美ちゃんがまじまじと僕の首まわりを見下ろして言った。


「もう目立たないんじゃない? これなら」

「そ、そうかな」

「そうだよ。これならタオルで隠さなくてもいいじゃない。もうほとんど見えないよ」

「そ、そうかもしれないけど。だ、だけど」

「こんなタオルもういらないよね」


 そう言うと玖留美ちゃんは僕のタオルを取り上げてしまった。慌てた僕の口から言葉があふれた。


「し、紫外線で肌が焼けたらダメなんだよ。日に焼けたりしたら、」


 僕はそこではっと言葉を止めた。

 僕は今、何を言おうとしたのだ?

 日に焼けたら?

 日に焼けて首まわりが黒くなったら? 

 そうなったらどうなるというのだ。


「小太郎」


 玖留美ちゃんの声にビクンと体が震えた。

 見上げると彼女が笑っていた。そして、その長くて美しい指が僕の首まわりに伸びて、そのまま黒いアザを撫でてきた。


「く、玖留美ちゃん」


 僕の言葉にも彼女の手は止まらない。

 玖留美ちゃんが黒いアザに這わせるようにして、僕の首まわりを撫でていく。ねっとりと妖艶な手つきのせいで、僕の体は脊髄反射みたいにビクンビクンと震えた。


「ねえ、またつけてあげようか」

「え」

「このアザ、またつけてあげようか」


 玖留美ちゃんの言葉に僕は興奮してうまく答えられない。


「今度は太ももでやろっか」


 玖留美ちゃんが肩幅みたいに脚を広げる。そして、さきほどの力の入れ具合がまだ本気でなかったことを示すみたいに、その内側の筋肉だけボゴンと隆起させた。


「この内側の筋肉だけで頸動脈締めるんだ。たぶん、この筋肉の形にあわせて、小太郎の首に黒いアザができる。だいぶわたしの太ももは太いから、ちっこい小太郎の首だけじゃなくて、肩の上のほうまで内出血で真っ黒になるだろうね」

「う、ううううっ」

「首だけじゃないよ。小太郎の胴体にアザをつけるなんてことも簡単。だってわたしの太もも、小太郎の胴体より太いもの。まだ力を入れてない段階でこれなんだから、小太郎の胴体ここに挟み込んで、わたしが力こめて筋肉膨張させるだけで、すっごいアザがあっという間にできると思うよ」


 淡々と。

 事実を語るようにして玖留美ちゃんが言う。


「というか、もう小太郎の体全体にアザができるまで締めまくりたいかも。あんたの顔面は顔面騎乗で長時間押しつぶしてアザだらけにする。あんたの腕ごとベアハッグで抱きしめてわたしの腕の形にあわせてアザだらけにして、あ、もちろん首はさっき言ったみたいに太ももで締める。4の字がいいかなー、わたし得意だし」


 ふふっと笑う。

 玖留美ちゃんが満足そうに笑っていた。


「まあ、今すぐには無理だけどね」

「え?」

「今のあんたじゃ、すぐに壊れちゃうもん。まあ、精神が保ってるだけでもすごいんだけどね。それでも、もう少し体が大きくなってもらわないと」


 その瞬間、玖留美ちゃんが「そうだ」と言った。

 なにか良くないことを思いついたときに浮かべる笑顔で、彼女が僕を見下ろしている。


「小太郎、口あけなさい」

「え」

「いいから、はやく」

「う、うん」


 僕は命令どおりに口をあけた。

 その口めがけて玖留美ちゃんが手にもっていたパンを放りこんできた。


「んっっむぐ」


 思わず吐き出しそうになってなんとか耐える。なぜか、吐き出したくなかった。よく分からなかったが、これは絶対に無駄にはできないんだと、そんなことを思った。

 僕はなんとかその大量のパン切れを噛み砕いて飲み込んだ。


「飲み込んだ?」

「う、うん」

「じゃあ、口あけて」


 僕は従順に従った。

 空っぽになった僕の口の中を見て「よし」と笑った玖留美ちゃんが、そのまま僕の頭を撫でてきた。


「よくできました。じゃあ、次」

「むっぐうう」


 またしても玖留美ちゃんがパンを放り込んでくる。僕は苦しそうにしながらそれを飲み込むしかなかった。


「鯉にもあげとくよ」


 玖留美ちゃんがパンを千切って川に落とす。

 さらに玖留美ちゃんがパンを千切るのだが、それは川に落とされることなく、彼女の大きな手の中でこねくりまわされるだけだった。


「ほら、早く飲み込んで。まだたくさんあるからね」


 にっこりと笑う玖留美ちゃんだった。

 僕は涙目になりながらも、必死にパンを飲み込んでいった。それはパンがなくなるまで続いた。苦しかったけど、目の前で笑う玖留美ちゃんの笑顔を見ると耐えられた。玖留美ちゃんはいつまでも楽しそうに、僕と鯉にエサをあげていくのだった。


 *


 さんざんにパンを食べさせられて帰宅した。

 小食な僕にとってさらに家で夕食を食べることは不可能だったのだが、玖留美ちゃんに命令されていたので食べないわけにはいなかった。限界までご飯を食べるとお腹がボコンと膨れるのを初めて知った。僕はふらふらになりながら自室に戻って、バタンとベットに倒れこんだ。


「玖留美ちゃん」


 考えるのは彼女のことだけだった。

 あの大きな体。僕なんかとは比べものにならないほど成長した彼女の姿が脳裏から離れない。

 さきほどの川での出来事が強烈に残っていた。彼女の太ももやおっぱいを間近で見せつけられたこと。あの体に食べられてしまったらどうなるんだろう。彼女の言うとおり、この首にできたアザを上書きされるために締め上げられたら、どうなってしまうのだろうか。

 僕は自分のことが全く分からなくなっていた。

 僕は首のアザが薄まらないようにするためにタオルを巻いていたのだろうか。玖留美ちゃんにつけられた黒いアザを後生大事に守っていた?

 仮にそうだとしてそれは何故なんだ。そんなことをして、いったい、何になるというのか。


「玖留美ちゃん」


 彼女の姿が脳裏から離れなかった。

 頭の中の彼女はめまぐるしく表情を変えた。

 学校の時の嗜虐的な表情。男子を虐めている時のニンマリとした笑み。そして、川での優しげにほほえむ彼女の姿。


「う、ううううッ」


 僕はモヤモヤを感じながら自然と自分の一物を握っていた。

 まだ精通もしていなかった。しかし、そういう知識は文学作品をたくさん読んでいれば自然と身につくものだった。下半身が熱くなったような感じがして、モヤモヤがなおもつのった。


「玖留美ちゃん」


 僕は彼女の笑顔を思い浮かべながら、オナニーのまねごとみたいなことをしてさらに悶々とした気持ちを募らせていった。

 鏡台の前に立って自分の首を見つめる。

 その大蛇が巻き付いたみたいな黒いアザ。

 玖留美ちゃんに食べられちゃってできたアザだ。それを見ると僕はとても興奮した。手が止まらなくなる。玖留美ちゃんの腕が僕に巻き付いていることを想像するともうダメだった。

 オナニーをしている時に脳裏に浮かぶ彼女はニンマリと笑っていた。


つづく