1 死んだ男子生徒は転校したことになる。龍山玲奈はそう思っているし、周囲の人間もそう思っている。
2 あなたは男子生徒が死んだことを知っている。
2 あなたは、死への恐怖が残っているが、金曜日の夜、島の南の洞窟で敵を倒さなければならない。
3 あなたは逃げようという気持ちを持たない。

 *

 教室でぼんやりしていた。

 最近、ぼんやりしていることが多くなっていた。疲れているのだろうか。試験前に徹夜で勉強した後のように頭が疲れているような気がした。


「やっ、どうしたの春信」


 そんなふうにぼんやりしていると、玲奈が話しかけてきた。

 相変わらずでっかい体だ。夏服のYシャツを突き破ろうとしているかのような大きな胸と、ミニスカートから伸びる野生動物みたいなむっちむちの太ももに視線が集中しないように注意する必要があった。


「なんでもないよ。ちょっと疲れてるみたいだ」

「あー、だよねー」


 何がだ。

 俺が口を開く前に玲奈が言った。


「だいぶ人数減っちゃったしねー。日直とか掃除当番とかまわってくるの早くなったよね」

「あ、ああ。それな」

「うん。つっても、だいぶ急だよねー。みんな、同じ時期に転校なんてさ」


 玲奈が教室中を見渡した。

 クラスの中には空席が目立っていた。もともと11人の生徒しかいなかったのだ。

 それなのに、1ヶ月のうちに4人もの男子生徒が「転校」してしまえば、教室の空きが目立っても仕方なかった。  


「ほんと、あっという間だったな」


 玲奈がしんみりしたように言った。

 彼女は信じているのだ。いなくなった男子生徒たちが本当に転校したのだと。

 しかし、そうでないことを俺たち残りの男子生徒たちは知っていた。今でも、あの敵との戦いのことは脳裏にこべりつくようにして覚えている。俺はここ1ヶ月の金曜日の夜のことを思い出していた。

 ●●●

 出席番号1番 青山賢治。

 ボクシング部に所属していて、かなりヤンチャで大柄な男子だった。

 うちのクラスはだいぶ部活をがんばっている奴らが多いのだが、その中にあっても身体能力が抜群だった男だ。

 青山は玲奈とも仲が良かった。

 ボクシングの話題で喋っている二人をみかけることも多かった。世界戦の放映日には、その話題で青山と玲奈は盛り上がっていた。

 そんな青山も敵にあっけなく殴り殺された。


「ほらほら~、もう終わりなの?」


 彼女が悠然とたたずみながら言った。

 彼女はボクシンググローブをつけていた。その真っ赤に輝くグローブは、今では青山の鮮血でさらに赤く彩られている。


「かひゅーー、かひゅうーーーー」


 かろうじて立っている青山は見るも無惨な姿になっていた。

 顔中が腫れ上がって、瞼は完全に閉じられてしまっている。

 顔だけではなく上半身すべてを殴られまくってきたので、内出血になっていない部分はどこにもなかった。

 ひたすらに殴られてきたのだ。

 ボクシングルール。

 対戦相手にきまった青山を前にして、敵はボクシングで戦うことを提案してきた。

 お互いにグローブをはめ、殴るだけの戦いで勝負をきめる。

 青山はその提案を受けた時、ニヤリと笑ったのだ。

 相手がどんな怪力をもっていたところで、パンチが当たらなければ意味がない。

 ボクシングに青春を捧げた自分がまさか負けるはずがない。

 青山はそう信じていたのだろう。

 ボゴオッ!

 開始早々に敵の拳が青山の鳩尾に直撃した。

 そのパンチは遠くにいる俺たちからも見えなかった。

 大迫力の拳が青山の体にめりこんでいる。

 アッパー気味に放たれたパンチは、一瞬、青山の体を宙に浮かばせた。

 拳で串刺しにされている。そんな光景だった。


「ごっぼおおおおおッ!」


 吐いた。

 青山が地面に四つん這いになって、胃の中身を盛大にぶちまけている。

 まるで口から自分の内臓を吐き出しているみたいな勢いで、胃の中身をすべて噴出させていた。


「あはっ、ゲボ吐いちゃった」


 そんな青山を見下ろしながら敵はニンマリと笑うのだった。

 一撃で男をノックアウトさせた女はそれで満足する様子も見せず、早く立てと青山に命令する。ぷるぷる震える足でなんとか立ち上がった青山を待っていたのは、拳による地獄だった。

 ドッドドドドドッ!

 地響きが響く。

 それは全て女が繰り出すジャブの嵐の音だった。

 彼女は左手でジャブを繰り返している。

 連続で。高速で。放たれたジャブは全て青山の顔面にクリーンヒットしていった。

 青山は必死に両手でガードをしている。

 それなのに、彼女のジャブはいとも簡単に青山のガードを破壊し、パンチの雨あられを青山の顔面に炸裂させていくのだ。

 連続して見えないパンチが放たれる。

 空気を切り裂く拳の音と、それが青山の顔面に突き刺さる衝撃音。

 木の葉のようにズタボロにされて女の拳だけでボコボコにされていく青山の体。

 ジャブが終わった段階ですでに青山の顔面は化け物になっていた。

 ぷるぷると震えながら両手をしっかりと自分の顔にあげて抵抗しようとしている。

 そんな男のがら空きになった腹部に、またしても女のアッパーが炸裂し、青山は吐瀉物を噴出させた。


「あはっ、また吐いたよこいつ。よわっちいなー」


 四つん這いになった青山を見下ろす。

 もはや立ち上がることもしなくなった男を見て、彼女が青山の髪の毛を掴んでぐいっと上を向かせた。現れたのはクリーチャーになって、腫れあがった瞼からぽろぽろと涙を流し続ける男の姿だった。その情けない顔をニンマリと笑って見下ろす女の姿は、どこまでも妖艶だった。


「勝てると思ったんだろ?」


 女が言った。


「お得意のボクシングだったら、私に勝てると思ったんだよね? 情けないよね~、この前私がボクシングの試合やろうよって言った時、おまえ、なんて言ったか覚えてる? 女なんか相手にしたら勘が鈍るから嫌だって、そう言ったんだよ。あの時、私はおまえをボッコボコにして殴り殺すって決めたんだ」


 壮絶な笑顔。

 それを見た青山がぷるぷると震えながら命乞いを始めた。


「たしゅけて、ゆる、ゆるひてくだひゃい」


 舌ったらずな声で情けなく言う。

 もう口の中に一本の歯も残されていないのだった。

 老人みたいに弛緩した口元を使って必死に命乞いをしている。髪の毛をつかまれ、強制的に上を向かされながら、目の前の圧倒的存在に対して命乞いをしていた。


「あはっ、あ~、きもち~」


 そんな情けない男を見て女は感極まったようにつぶやくのだった。

 彼女はそのまま、青山の眼前に拳を突きだした。赤いボクシンググローブには、何十人もの人間を殺してきたような血痕がドロドロに付着していて、禍々しかった。


「ほら、これが今からおまえを殺す拳だよ」

「ひ、ひいいい」

「今からこれでおまえの体が原型留めなくなるまで殴るんだ。胃液が出なくなって、胃がひっくり返るまで吐かせて遊ぶのもいいかもしれない。殴って殴って、殴り殺す。嬉しい?」


 さらにはぐりぐりと青山の頬に拳をめりこませて遊び始める。

 それによって青山の顔が滑稽に歪み、それを見た彼女がさらに壮絶に笑った。


「よし、殺す」


 始めったのは虐殺だ。

 洞窟の壁間近。

 そこまで移動した敵が、青山を壁際に立たせて真正面から拳をめりこめさせ始める。

 掘削機械で洞窟を掘っているような音と地響きが轟いていく。

 敵のパンチが青山に直撃するたびに、男の体は洞窟の壁にめり込んでいった。

 最初に四肢が砕けた。次に胴体。連続して叩き込まれる拳を前に、青山の体はマシンガンの銃弾を連続で打ち込まれたように揺れた。


「死ね」


 ドッスウウンンッ!

 最後の右ストレート。

 敵の拳が青山の顔面だったところに打ち込まれ、虐殺は終わった。

 パンチがなくなったというのに、青山の体は洞窟と一体化して動かなくなった。

 壁に埋め込まれて絶命している。

 その体の原型はどこにも残されていなかった。肉片が壁にこべりついている。


「ふ~、満足満足」


 敵が言った。

 彼女はそのまま俺たちのほうへと歩いてきた。海水で隔てられた状態で、彼女は俺らのことをニンマリと見下ろすのだった。


「簡単に殺しちゃった。見てたよね?」


 怯える俺たちに向かって勝ち誇ったようにして言う。


「みんなの中でもこいつって、けっこう強い方だよね? それなのに、一方的に殴られて殺されちゃった」

「う、ううううッ」

「あとで肉片はきちんと掃除して、海に捨てておいてね。来週もまたあるんだからさ」


 そこで敵はボクシンググローブをぺろりと舐めた。

 肉厚な長い舌が血のついたグローブを舐め、付着している血液を舐めとってしまう。その様子はとても妖艶で、俺たちはそんな彼女の様子に見入ってしまった。


つづく