麗美物語 第1章



 皆川麗美は天才空手少女である。

 親のすすめもあって、麗美は小学生の頃から近所にある大きな空手道場に通っていた。

 そもそもの最初から、彼女の前に敵はいなかった。

 同年代だろうが年上だろうが、勝利するのはいつも麗美だった。

 もともと発育がよく、子供の頃から身長が高かった。小学2年生の頃には身長が150センチを越えていた。ランドセルを背負っていなければ彼女が小学生であると気付く者は誰もいなかっただろう。

(みんな、なんでこんなに弱いんだろう)

 麗美は素朴に疑問だった。

 自分が精一杯手加減して殴っても、それだけで対戦相手は動かなくなった。年上の男子もそれは同じだった。明らかに遅い動きにあわせてあげて、ダンスでもするかのように殴って、蹴った。すぐに相手は倒れて、息もできずに「かひゅう――」と、か細い息をして悶え始める。それを見下ろしていると、「あーあ」というため息しか出てこなかった。みんな、なんでこんなに弱いんだろう。

 麗美の相手になる者は、いつの間にかいなくなっていた。

 道場では小学生1年生から6年生がジュニアコースに所属することになっているのだが、麗美が小学3年生になる頃には、6年生の男子生徒も圧倒するようになってしまったのだ。女子同士で戦うことは早々に禁止されていた。だから麗美が戦うのは男子だけだった。それなのに、麗美は汗一つかくことなく、淡々と男子たちを調理していった。

「く、くそおおお」

 道場の順位戦。

 普段は威張っている6年生の男子生徒が殴りかかってくる。

「…………」

 それを無言で楽にかわしてから、麗美は正拳付きを男子のみぞおちに食らわせた。

 手が相手の肉にめりこむ感触、それを感じながら、さらに蹴る。長い足で縦横無尽に男の体を蹴っていると、すぐに師範が止めに入ってきた。

「や、やめろ! もう勝負はついてるだろう」

 引きはがされ、注意される。

 男子生徒は白目をむいてビクンビクン痙攣していた。気絶している。たくさん手加減したのに、もう壊れてしまったのだ。本当に、なんでみんな、こんなに弱いんだろう。

(でも、ちょっとは楽しかった。こんどはもっとはやく、相手を壊せるようにしよう)

 麗美にとって対戦相手となる男子たちは動く玩具に過ぎなかった。

 麗美は毎日努力して、己の規格外の肉体を鍛え、さらに強くなった。そして、毎日男子たちを殴り、蹴って、壊していった。

「ひいいいいいいッ!」

 毎日、道場には男たちの悲鳴が響き続けた。

 そんな断末魔の悲鳴に対して顔色一つ変えず、相手が年上の男子生徒だろうがおかまいなしに、淡々と蹴り、殴り、相手を倒していく。

 小学生の少女の蹴りに悶絶し、道場の床に倒れ込む男たち。そんな苦しそうに地面に倒れた男たちを、平然と見下ろす少女。冷たい印象を相手に与えるクールな風貌とあいまって、麗美は恐れられていった。

 小学5年生になる頃には麗美の身長は175センチを越えていた。だんだんと女の体になっていく。胸も大きく、太もももムチムチと育っていく少女は、ますます強くなって、男たちを圧倒していった。

 強い。

 男たちを圧倒してしまう天才空手少女。

 しかし、麗美は強すぎるからこそ挫折することになった。

 男たちのプライドが、強すぎる麗美を許さなかったのだ。

 麗美にとっての初めての挫折は中学校の入学式の時におとずれた。

「おまえは道場にくるな」

 師範からの言葉。

 それは唐突な拒絶の言葉だった。

「なんでですか」

 麗美がいつものポーカーフェイスで聞く。

 師範は最後まで麗美の方を見ることはなかった。

「うちの道場は中学生から女子禁制なんだよ」

「どうしてですか?」

「どうしてもこうしてもあるか。いいか? 女は男には勝てない。これは客観的な事実なんだよ」

 そんなことありません。

 思わず口を開こうとした瞬間、

「おまえは今、男子に勝てているが、それはまだ男子たちの体ができあがってないからなんだ」

「…………」

「おまえは女だ。だから強くなれない。空手を続けたければ、ほかの道場にいくんだな」

 それきり師範はどこかへ行ってしまった。

 周囲の男子たちが自分のことをニヤニヤ笑いながら見ている。これまで自分に一度も勝つことができなかった奴らが勝ち誇っていた。それがどうしても許せなくて、麗美は道場から去った。それが、麗美にとってのはじめての挫折だった。


つづく