漆黒の森の中を、男は尋常ならざる速度をもって駆けていた。
その身は、黒い装束を纏っており、周囲の闇と溶け込んで男の姿は容易に視認することができない。
その姿は、俗に言う忍者と呼ばれるもののソレであり、事実、男は霧幻天神流忍術と呼ばれる流派のれっきとした忍びの者であった。
(かすみ……)
男―――霧島司は、ただその女のことを思う。
霧幻天神流を抜け、文字通りの抜け忍となってしまった女のことを思いながら、司は闇夜の中を駆けていった。
司とかすみは、物心ついたことからの幼馴染だった。
幼少の頃から忍術の修行に明け暮れ、子供らしい遊びなどすることもなかった司にとって、その修行の合間に、いつもかすみと一緒にいたという経験は、忘れることのできない思い出として司の中に滞留している。
確かに、相手は霧幻天神流の次期党首であるし、自分とは身分も実力も違うことは身にしみていたが、それでも司にとって、柔らかく微笑む彼女の笑顔は、何にも変えがたい価値をもっていた。
だから司は、自分がとっくの昔にかすみに対して、許されぬ思いを抱いていることに気付いている。彼女と婚姻を結ぶことを想像し、夜の伽を布団の中で毎日のように妄想した。
その許されぬ思いを抱き始めた頃から、かすみの体は同世代の女と比べて豊満に育っており、修行で手合わせするときなどに、彼女の揺れる胸に気をとられることもしばしばだった。
(かすみ……どうして……)
そんなかすみが、突如として抜け忍となった。それも、自分にはなんの相談もなく、突然に―――司にとって、それは何よりのショックだった。
忍びにとって、抜け忍となることは何よりの禁忌である。
忍術というのは流派ごとに絶え間もない研鑽と研究が織り成され、途方もない月日を経てようやく体系付けられてきた奇跡の技の総合体である。
それを体得した者が外にでればどうなるか―――技の流出、秘匿とされてきた忍びの里の情報の漏洩……その被害は尋常ならざるものがある。
だからこそ、抜け忍がでたときには、その抜けた忍びを始末するために、追っ手が放たれる。
その抜け忍を殺すためだけに放たれる追っ手。何度も何度もかすみを始末しようと忍びが送られ、しかしそのたびごとに返り討ちにされてきた。
手脚を折られ、顎の間接をはずされ、何かとてつもない力でその体を潰されている死体。
かすみを追った忍びのすべては、悲惨な末路をたどり、生きて里に帰ることができた者はいなかった。
自分を追うということがどういうことなのか、かすみは見せしめとして、追っ手のことを意図的に無残な方法で殺してきた。
追っ手というのは、里の中でもかなりの実力者でなければ選ばれない猛者たちである。
そんな彼らが、まだ年端もいかない小娘に、手も足もでずに惨殺される―――かすみの強さは、常軌を逸したものがあった。
それでも諦めるわけにはいかない。それは流派にとっての破滅を意味する。
そんな中で、司は自ら追っ手の役を買って出たのだった。
自分はかすみとは幼馴染であり、うまくすれば、彼女を霧幻天神流に戻すこともできるかもしれない―――そう思って、許可を得て、司はかすみを追って森の中を駆けているのである。
そして司は、そのときが近いことを感じ取っている。
情報によれば、この森のどこかでかすみは休養をとっているらしい。
そんな情報が伝えられてきたのが半日前のことで、司は善がいぞげとばかりに、脚を動かし続ける。
(かすみ……)
司は、かすみの姿を探しながら、暗い森の中を駆けていった。
■■■
「かすみ!!」
それから、数時間後、司は感極まったような声で、その名前を呼んだ。
司の目の前、そこには、手裏剣などの刃物類を手入れする、かすみの姿があった。
蒼の装束―――動きやすいように下半身は露出し、胸元がきっちりと見て取れるそのいつもの装束に身を纏いながら、かすみは司の方向へと振り返った。
途端、彼女は絶句するかのような表情を浮かべ、絶望の中で言った。
「つ、司くん? ……どうして」
その可愛らしい言葉―――その声色は、今まで放たれてきた追っ手をことごとく返り討ちにした実力者にはとても見えない、どこにでもいる可愛らしい女の子の声に他ならなかった。
しかし、一見すれば分かる。そのかすみの豊満な体躯は、長年修行を積み重ねてきたのであろうことがはっきりと見て取れる。
ムキムキの筋肉というわけではなく、女性らしさをあくまでも残した柔らかそうな筋肉。
それは彼女の大きな胸とあいまって、妖艶な印象をかすみにもたらしている。
そのかすみの姿を見て、司は思わずだらしなく破顔してしまった。
(……よかった。俺の知っているかすみだ)
司はホっと安堵の息を吐き、かすみの方向へと一歩脚を進める。
とにかく話し合いをしようと、司はかすみに歩み寄ろうとする……しかし、とうのかすみは、それを距離するかのように一歩後ろに後退した。
そしてかすみは、幼なじみである司に対して、言葉を放った。ゆっくりと……今の自分たちは、昔の自分たちではないことを示すために……
「司くん……司くんは、私を殺しに来たの?」
「ち、違う!! そうじゃない……俺は、お前を里に戻そうと―――」
「…………そうなんだ……そんな気がしてたよ。司くんが私のことを殺しに来るなんて有り得ないもんね……だって、私たち、幼なじみなんだから……」
俯き、言葉を切るかすみ。
しかしすぐさま、妖艶な色気を誇っているくの一は、拒絶の言葉を口にした。
「でも、私は里には帰れない。だから、司くんだけ大人しく、里にかえってくれないかな?」
「……か、かすみ!?」
「もう、昔のままじゃないんだよ私達。だから、ね? 大人しく、里に……」
「……そ、そんなこと出来るわけないのは、かすみがよく知ってるだろ!?」
「……そうだよ…ね……」
かすみは諦めたかのように、言葉を切る。
抜け人を追ってきた忍びの者が、やすやすと里に帰ることなどできるはずがない。
そんなことをすれば、下手をしたら自分が殺される。抜け人と通じているとみなされ、粛正される可能性が大だ。
だから、かすみの言うことを司が実行できるはずがない。
そしてかすみは、決意を込めた目つきとなり、司に向かって、
「―――じゃあ、私が諦めさせてあげるね?」
瞬間、かすみの体が司の方向へと駆け出した。
ふくよかな、かすみの両脚が地面を蹴る。
明らかに常人離れした速度で、かすみは司との距離をつめていく。
刹那―――
まったく反応できなかった司の腹に、かすみの指先が突き刺さっていた。
「ぐぎゃあああ!!」
かすみ独特の打撃技―――指を伸ばしきり、5本の指を一つの針のようにみたてて、突き刺すようにして相手の体をえぐる。
それは、体を鍛えていない者の体ならば、簡単にその肉体を突き破ってしまうほどの威力をもつ一撃だった。
しかし司もダテに幼少のころから修行をしていない。
その一撃だけでは致命傷を負うことなく、司は痛みに耐えながらもかすみの姿を見据える。
そして、なんとかかすみの攻撃を避けようと回避運動を―――
「ぎゃあああ!!」
無駄だった。
司の防御の間を縫うようにして、かすみの指先が司の体を突き刺していく。ドスン、ボスン、と男の体が、年端もいかない少女の手によって破壊されていく音が響く。
右手が司の腹に直撃し、左手がミゾオチを抉る。すぐさま反転した右手がふたたび司の肺を殴って、その中に内包されていた酸素を強制的に吐き出させる。
右手、左手、右手左手右手左手……
かすみは余裕の表情で、サンドバックを殴るかのようにして指先を司の体に減り込ませていく。
その一撃ごとに、かすみの大きな胸が揺れ、下半身が惜しげもなく披露される。
それは可愛らしく妖艶な少女を如実に表す結果となっていた。
大の男が少女に嬲りものにされていく。それも幼少の頃から一緒に遊んでいた幼馴染に手も足もでないままに―――
「ふっ!! えい!! やあ!!」
「ひゃぎゃあっ!! ひぎびギギいいぃぃッッ!! がう゛ぁぼおお!!」
可愛らしいかけ声とともに、かすみは司に指先をめりこませていくのをやめない。
壮絶な悲鳴を漏らしながら、防御もろくにさせてもらえない司は、そのかすみの顔を見ながら、圧倒的なかすみの力に、手も足もでないままに嬲りものにされていった。
「―――えい!!」
もう十分と判断したのか、かすみは大きく蹴りを放った。
横に薙ぐような一撃ではなく、脚の裏で相手の体を捉え、一直線に押し出すようにしての蹴り。
その直撃を受けて、司は肺から空気が漏れるのを止めることができないまま、悲鳴とともに地面へと這い蹲った。
年端もいかない少女に、手も足もでないまま、司は無様に地面に転がされてしまった。
「ヒィ、ひい、がはああ!!」
体中に響く激痛。
かすみの指先に抉られた部位が、刺すような痛みとして感覚される。
それは筋肉と筋肉の隙間を狙って放たれていた打撃であり、体を動かすことが難しくなるほどに効果的な打撃だった。
「ひい・・・ヒャガああ・・・ひいいい!!」
地面に這い蹲り、体中に響く痛みに、惨めに悶えている司。
それをかすみは、仁王立ちのまま、静かに見下ろしていた。
いつもの優しげな表情ではなく、厳しいような強面の表情。その絶対零度の視線をもってかすみは、苦しみ悶えている、かつての自分の幼馴染をただ見下ろしていた。
司が視線を少しでもあげれば、そこには妖艶な生脚がある。
スラッと伸びたカモシカのような脚。それは可愛らしい女性らしい脚なのであるが、その実、その脚だけで人の命をたやすく奪ってしまえる凶器となる。
その惜しげもなく晒されている両脚と、そして大きな胸。
司は痛みで気を失う寸前になりながらも、その自分を見ろしてくる幼馴染の表情を、畏怖の念をもって見つめ返すことしかできなかった。
(ぜんぜん敵わない。俺も今まで修行に修行を重ねてきたのに、まったく手も足もでないじゃないか……)
幼少の頃、いつも二人で遊び、互いに互いの悩みを打ち明けていたあの頃。
思えば、いつから自分とかすみの差は広がってしまったのだろうかと、司は現在の力の差を感じ取って思う。
まるで子供と大人。
プロフェッショナルとアマチュア。
今だって、多分かすみは全力で戦っていない。手加減をしている。
その証拠に、目の前に立つかすみの息はまったくあがっておらず、それとは対照的に自分の体はもう動けないほどに痛めつけられている。
対等の立場同士の戦いではない。
かつては切磋琢磨し、競いあっていたというのに、今の自分は、目の前のかすみに嬲りものにされるだけの存在にすぎない。
司は、自分のことを見下ろしてくるかすみの視線を、怯えをもって見つめ返すことしかできなかった。
その絶望の中にある司は、かすみが口を開くのを聞いた。それはかつての幼馴染の声色―――優しげな声で放たれた言葉だった。
「司くん、これでもう分かったよね? 貴方じゃ私に勝てない……言っておくけど、私まだ全然本気じゃないんだよ? それなのに司君は全然抵抗できないんだから……司くんじゃ私に勝てない。だから、大人しく里に帰ってくれないかな?」
「そ、それは……」
司からしてみれば、それに頷くことなどできるはずもなかった。
ひとたび追っ手として抜け忍を追った以上、なんの成果もなしにノコノコと里に帰るなんてことができるはずがない。
それを分かっているかすみは、やはり溜息とともに―――
「でもそんなこと、できるはずないよね。かといって、私も司くんのこと殺したくない。今までみたいに、ただ殺すだけなら簡単だけど……でもそれは私としても嫌だよ」
「か、かすみ……」
「だから―――」
かすみは地面に這い蹲る司に近づく。そして、倒れ込んだ司に合わせるようにして、仁王立ちのまま、しかし上半身だけかがみこんだ。
地面に座り込む司と、その司を上から包み込むようにして、前傾姿勢になるかすみ。
前屈みになり、艶めかしいほどの色気を醸しだす少女は、次に右手を司の左肩へとかけた。かすみの白い指が、司の無骨な肩をわし掴みにする。
司のすぐ鼻先に、かすみの顔がある。
鼻孔をつく女の芳香が司の頭をトロンとさせる。それとともに司は、目の前にある幼なじみの可愛らしい相貌から目をはなせなくなってしまった。
しかし、そんな幸せが、長続きするわけがなかった。
かすみは、鼻先にある司の瞳を真正面から覗き込みながら、哀しそうに―――
「―――だから、完全に身動きできないようにして、私のことをこれ以上追って来れないようにしてあげる」
言葉とともに、かすみは司の肩に添えた自分の右手に力をこめた。
かけ声も何もなく、傍から見ると力を込めたようには見えないように、かすみは司の左肩の関節を握る。
刹那、その肩から、ゴギイ!! という何かが外れるような破壊音が響いた。
「ぎゃああああああ!!」
右手でもって、尚も司の左肩を握りしめるかすみ。
その結果、かすみの握っている司の肩は、ダランという具合に垂れ下がるだけのオブジェに変わった。
まったく力をいれていないように見えるのに、かすみは司の肩を握り締めるだけで、その間接を脱臼させてしまったのだ。
悲鳴をあげる司を、哀しそうな目線をもって見つめるかすみ。しかし、これだけで終わるわけがなかった。
「ごめんね? ちょっと我慢してね」
悲鳴をあげる司をいたわるようにしながらも、かすみはさらなる痛みを与える。
今度は左手で、司の右肩を掴む。かすみの長い指が、司の頑丈そうな肩をわし掴みにする。
かすみが何をしようとしているのかを理解した司は、「ひい」と少女のような悲鳴をあげた。
しかし、それ以上の抵抗はできない。かすみの顔を怯えたように見つめるしかない。
眉を下げ、すぐ近くにあるかすみの相貌に、何かを哀願するような犬のような表情を浮かべる司―――その雄犬に向かって、絶対的な力をもっている飼い主は、
「ちょっと、痛いよ?」
ベギイイイ!!
「ああああぎゃあがあぁぁああ!!」
ちょっとどころではない痛みに、司は思わず涙を流しながら絶叫する。
涙を流し、絶叫のために涎まで飛び散らかしながら、司は悶えることしかできない。
あまりの激痛に、体が自然と暴れることになったのだが、その動きはすべてかすみに封殺されていた。
かすみは、ただ司の両肩を押さえ付けているだけのように見える。
司の両肩を掴み、体重をかけるだけで、司の背中は後ろの樹木に縫いつけられるように身動きがとれなかった。
(な、なんで全然動けないんだ!!)
脱臼した両肩から響く激痛を感じながらも、司はかすみの拘束から逃れようと、必死に抵抗を試みる。
両腕は使い物にならなくなったが、それでも腹筋と背筋、さらには両脚の力をつかって、上から押さえ付けるようにしてくるかすみを振り切ろうと、司は滑稽なほどに暴れた。
しかし、ビクともしない。
両肩を掴まれているだけだというのに、自分は年端もいかない少女に、手も足もでないのだという再確認をさせられる。
圧倒的な力を持つ少女は、司の目の前で前傾姿勢となって、両肩をおさえつけてくるだけである。
前屈みとなっているせいで、その大きな巨乳の谷間がくっきりと現れていて、露出の高いその装束から、実がこぼれ落ちんばかりだった。
嫌が応にも司は、そこに『女』という性質を見て取ってしまう。
そんなか弱いはず女性に、両肩を抑えられているだけなのにも関わらず、抵抗もできない自分というものを、絶望とともに思った。
「―――――」
両肩に響く激痛で、絶叫に身悶える司。
その哀れな男を、眼前で直視したかすみは、司の両肩を押さえ付けたまま、すぐ鼻先にある司の顔に言葉を振り下ろした。
「・・・・司くん、抵抗してるんだよね? そんなに必死に暴れて・・・・」
「ーーーく!!」
「これで分かったかな? 司くんじゃ、絶対に私に敵わない。もう一度聞くけど、大人しく里に帰ってくれないかな? 私も弱い者虐めなんかしたくないし・・・・」
「な、舐めるな!!」
「・・・・・・」
なけなしのプライドを刺激された司は、虚勢とともに叫ぶ。
その強がっている声色と表情を、至近距離で前傾姿勢のまま、覗き込むようにして見つめたかすみは、フウ、とばかりに溜息をついた。そして、
「じゃあ、次は脚だね」
かすみは司の肩から手を放し、素早く司の両足首を掴んだ。
右手で左足を、左手で右足首を掴む。
そのうえで、かすみは勢いよく立ち上がった。司の足首を掴み、そのまま司の体を逆さ吊りにするようにして持ち上げる。
大の大人が、無抵抗のままになすがままにされる。
まるで逆立ちをするかのように、司はかすみに足首を掴まれて宙吊りにされて、宙に浮かんだ。
突然の出来事に、司は満足のいく抵抗もできずに、悲鳴をあげるしかなかった。
「うわああああ!!」
「司くん、今ならまだ間に合うよ? 両腕が使えなくて、それで逆さまに宙吊りにされちゃったら、手も足もでないでしょ? 諦めて里に・・・・・」
「お、おろせ、かすみ!! やめてくれええ!!」
「・・・・・・・」
仁王立ちのまま、軽々と大の男を宙吊りにするかすみは、必死の形相で放たれた司の場違いな言葉に、沈黙を返す。
ここまで手も足もでずに、なすがままにされているというにも関わらず、今自分が逆さまに宙吊りにしている男は、自分の立場が分かっていないらしい。
そこにかすみは、少しばかりの苛立ちを感じていた。
(・・・・私に手も足もでないのに・・・・なんで司くんはこんなに身の程が分かっていないんだろう・・・・)
かすみは、尚も司の足首を掴みながら、冷ややかな瞳を浮かべる。
そして、これはもう痛い目にあわせて、実力で思い知らせなければならないのだと実感する。
だからかすみはゆっくりと、当初の予定通りに司の股を裂きにかかった。
「・・・・・・じゃあ、ヤるね? 司くん」
(続く)