なし崩し的に今晩もお世話になることになった。
おばあさんも嫌な顔一つせずに快諾してくれた。
いくらなんでも好意に甘えすぎだと思ったので、日中は家の手伝いをすることにした。
薪割り。
この家には電気もガスもないから薪が一番の燃料源だった。毎日の薪割りは巳雪さんの仕事らしかったので、彼女の仕事を半ば強引にやらせてもらったのだ。かなりの重労働だったが、巳雪さんは毎日これをやっているのだ。泣き言なんて言ってられなかった。
「お客様にこんなことさせられません」
何度もそんなことを言ってナタをとりあげようとしてきたのだが、私は頑として譲らなかった。おろおろとして泣きそうになっている巳雪さんには申し訳なかったが、ここは譲れない一線だった。
「・・・・・・本当に大谷様はお優しいんですね」
さすがに諦めたのか、巳雪さんはじっと私のことを見つめるだけになった。
なぜか彼女の顔が赤くなって、ぼおっと放心したようになっている。なんだか照れくさくて仕方なかったが、邪険にすることもできない。私は巳雪さんに見つめられながら、汗をかいていった。
*
夜がくる。
足の加減もだいぶよくなっていたので、風呂に入らせてもらうことにした。久しぶりの風呂だった。五右衛門風呂なんて初めて入る。風呂の底に設置されたスノコみたいな感触がとても新鮮だった。体に染みこんでくるお湯の感触に思わず「ふう」と声がもれる。
「湯加減はどうですか?」
外から声がする。
巳雪さんだ。わざわざ私のために、薪の番をして湯加減を見てくれているのだった。一番風呂なんて恐れ多いと断ったのだが、今度は巳雪さんが頑として譲らなかった。私はありがたく風呂に入らせてもらい、至福の時をおくらせてもらっている。
「大丈夫です。すごくいい湯加減で」
「それならよかったです。湯加減に不足があったら遠慮なく言ってくださいね」
人を安心させる声。
巳雪さんの声を聞いているだけで、なぜか心がぽかぽかと暖かくなる。そして、下半身が反応してしまうのを感じた。
(体が、期待してるんだ)
彼女の存在を前にすると、また気持ちよくしてもらえると条件反射で思ってしまう。昨日も一昨日も、夜に搾り取られた記憶が思い出される。しかし、
(今日はさすがに、断らないと)
彼女の誘いにのってしまえば、また明日も昼まで爆睡してしまうことになる。連休は残り少なくなっていたので、明日には下山しないと連休明けの会社に間に合いそうになかった。
「気合いを入れないとな」
顔をバシャンと叩く。
しかし私の決意は次の瞬間には粉々に砕かれることになった。
「失礼しますね、大谷様」
風呂場のドアがひらき、巳雪さんが入ってきた。
タオルで胸と秘所だけを隠した格好。その大きなおっぱいの谷間に目がくぎづけになる。巳雪さんの大きな体が、とんでもない迫力で迫ってくるようだった。
「み、巳雪さん? ど、どど、どうして」
「お背中、流しに参りました」
「い、いい、いや、そんなの自分で」
「ダメです。きちんと洗わないと、ダメです」
なんだかやけに強情だった。
まるで子供みたいだ。理性的で大人な女性である巳雪さんにこんな一面があるなんて発見だった。そのギャップがとんでもなくかわいく思えた。
「そ、それじゃあ、お願いします」
私の言葉に満面の笑顔が咲く。
この笑顔をいつまでも眺めていたい。心の底からそう思った。
「失礼しますね」
艶やかな声。
今までの夜と同じ言葉。
彼女の手がゆっくりと私の背中に這っていく。その感触はどこまでも心地よいものだった。大事に大事に、巳雪さんが私の背中を撫でていく。
「たくましい大きな背中ですね」
背後から巳雪さんが言う。
「前も洗いますね」
彼女の両手が私の体の前にまわされる。
胸板に10本の指が絡みついてきて、泡立てた石鹸が塗りたくられていく。胸から腹へ。ゆっくりと進む手の蠢きが一点に集中していく。その先―――そこには私の肉棒があった。
(また、搾り取られる)
その予感が恐怖と快感を呼び起こす。
断らなければならない。
そう分かっていてもできなかった。
巳雪さんの両手が肉棒に迫る。はあはあという荒い息づかい。それは自分があげているものなのか、巳雪さんがあげているものなのか。背後からぎゅううっと抱きしめられる。身動きを封じられて背後から―――巳雪さんの両手が勃起した肉棒に迫って―――そして止まった。
「ふう――フウッ―――」
背後には息を荒くしている女性がいた。
肉棒一歩手前の虚空で止まった両手がプルプルと震えている。なんとか自分を押しとどめていることが分かる。なにが彼女をそこまで追いつめているのか。それが分からず疑問に思っていると、彼女の両手の震えが止み、すうっと引いていった。
「あ、あとはご自分で」
震えた声で巳雪さんが言った。
そのまま勢いよく立ち上がり彼女が私に背中を見せた。風呂場から逃げるように出て行こうとしている。
「み、巳雪さん」
「・・・・・・」
「その・・・・・・ありがとうございます」
巳雪さんがゆっくりと顔だけ振り返ってくる。
憂いを帯びて泣きそうになっている彼女は、ひきつりながらも笑っていた。
*
自分で体を洗い、客間にもどる。
あぐらをかいて畳に座る。
どうにも巳雪さんのことが気になって仕方なかった。
一昨日も昨日も、そしてさきほども。
彼女の精液に対する欲求が不自然なものに思えてならなかった。なぜあれほど巳雪さんは私なんかの体を求めるのだろうか。その疑問に対する答えは意外な所からもたらされることになった。
「大谷様、今、よろしいですかな」
おばあさんだ。
客間に現れた老婆が、申し訳なさそうにしながら、居間に来てもらえないかと頼んできた。
おばあさんの後をついていき、居間で囲炉裏を囲んで座る。
灰の中で薪が燃えている。その炎のあかりがどこか幻想的な雰囲気を空間に与えていた。天井が高くそこは暗闇が支配している。そんな場所で、おばあさんが真剣そうな表情を浮かべて、突然言った。
「巳雪をもらってくださらんか」
「え?」
「巳雪を妻として迎えてくださりませんか」
意味がよくわからない。
妻?
つまりは結婚ということだ。
誰と?
もちろん、私と巳雪さんが結婚するということだった。
私は慌てた。
「な、ななな、なんでそんなことに」
「あの娘には殿方が必要なんじゃ。生きていくために、殿方が必要なのです」
真剣な表情を浮かべて老婆が言う。
厳かに、おばあさんの口から、巳雪さんの秘密が語られた。
「この一帯で生まれるオナゴの中には、特別な体質をもって生まれる娘がおる。殿方の精子を栄養とし、それを活力として生きていく。そういうオナゴじゃ」
「え?」
「そのようなオナゴは白蛇様の落とし子とされ、集落でも重宝された。集落の指導者として精神的にも肉体的にも崇拝の対象となり、白蛇様そのものとして集落を導いてきた。それが可能だったのは、殿方の精液を力とする体質のためじゃった」
やはり意味が分からない。
男の精液を力にする?
それではまるでサキュバスだ。
サキュバスなんて空想上の生き物のはずだった。そもそも、精液を活力にすることなんて不可能だと思うのだが―――そこまで考えて唐突に思い至る。最初は枯れ果てた姿だった巳雪さんが、私の精液を捕食した後に生命力にあふれた姿になったこと。その姿はまさしくサキュバスそのものではないか。
「ふう」
おばあさんがため息をついた。
過去を思いかえすような遠い目をしてから老婆が続けた。
「それも昔のこと。あの子が生まれたころには既に集落などなく、人々は霧散してしまっていた。母親はあの子を生む際に亡くなった。巳雪も結婚して家を出たが、うまくいかず、何度もこの朽ち果てた家に戻ることになってしまったのじゃ」
そうそう。
おばあさんは「大事なことを言い忘れていた」と前置きしてから、
「巳雪は3度結婚しております。そのすべてで夫と死別してしまった。子はいない。もう30歳じゃ。おそらく、これが最後の機会じゃろう」
「・・・・・・」
「大谷様のような立派な人に不釣り合いとは思いますが、どうか巳雪をもらってくださらんか」
シーンと静まりかえった。
薪がはぜる音だけが聞こえる。炎がゆらゆらと揺れていて、おばあさんの姿がかげろうのように揺らいでいた。
「も、もらってくださいって、そんな」
私は慌てながらも言った。
「そんな、物みたいなこと、お、おかしいですよ。だ、大事なのは、巳雪さんの気持ちでしょ?」
自分が何を喋っているのか分からなくなる。
それでも止まらなかった。
「わ、私なんてもう36です。これまで女性と付き合ったことすらありません。控え目にいって私の容姿は整っているわけではないし、身長だって低いほうだ。こんな私を、巳雪さんのような魅力的な女性が選ぶわけがないでしょう」
いっきに語ってハアハアと息を荒くする。
じっとおばあさんが私を見つめてきた。
「巳雪の気持ちは分かっております」
「え?」
「さきほど風呂場で、巳雪は大谷様を襲わなかったでしょう」
どくんと心臓が脈打った。
「あの子にとって殿方の精液は命をつなぐためにも重要なものなのです。それを奪わなかった。大谷様のことを思ってとどまったのです。それが巳雪の気持ちです」
確信をこめて、おばあさんが言った。
さらに、
「そうでしょう、巳雪」
居間のふすま。
そちらに顔を向けて老婆が言うと、ふすまがひらかれ、廊下に正座をして待機していた巳雪さんが真っ赤な顔をして現れた。
「・・・・・・」
巳雪さんは無言だった。
顔を真っ赤にしながら、瞳をうるうると潤ませて私のことをじっと見つめてくる。いくら鈍感な私でもその視線の意味ぐらいは分かった。
(本当に・・・・・・私なんかでいいのか)
そんな気持ちが頭をぐるぐるとまわる。
どう考えても不釣り合いだ。こんなうだつのあがらない中小企業の万年平社員なんかと巳雪さんが釣り合うわけない。
(だけど)
どうしたって惹かれている。
どんなに言い繕ったところでそれが真実だった。
理性的な雰囲気と顔を真っ赤にして照れる時のギャップや、私なんかのことを気遣ってくれる優しいところなんかも、とてもとても良いと思う。頭の中で無意味な言葉がおどっている。私は頭が沸騰しそうになりながら、いつの間にか口をひらいていた。
「み、巳雪さん」
「は、はい」
「私と結婚してください」
巳雪さんが目を見ひらく。
その瞳がすぐに潤む。
ぽろっと涙がこぼれた。
その表情はとても美しかった。
「はい。末永く、よろしくお願いします。旦那様」
●●●
客間に戻った。
巳雪さんも一緒だった。
障子を閉める時のぱしんっという音がとても大きく聞こえた。私と巳雪さんは客間に敷かれた一つの布団を前にして立ちすくんでいた。
「あ、あの」
巳雪さんが私にむかって、
「本当にわたしなんかでいいんですか?」
「も、もちろんですよ。冗談でプロポーズなんてしません」
「で、でも、さきほど話しを聞いてましたよね? わたしの変な体質のこと。それに、これまで3度も結婚したことがあることも」
大きな体を小さくして巳雪さんが言った。
不安に思っている。
それがひしひしと伝わってくる。私はドキドキしながら、なんとか目の前のかわいらしい女性に心を落ち着けてほしい一心で、優しく、彼女の体を抱いた。
「あ」
巳雪さんの口から甘い声が漏れる。
こちらを驚いた表情で見下ろしてくる巳雪さんにむかって宣言する。
「幸せにしてみせます」
精一杯の虚勢をはって、
「だから、そんなこと、気にしないでください」
正直なところ、巳雪さんの体質のことも、3度の結婚のことだって、自分の中でうまく消化できてはいなかった。けれど、おそらく時間が解決してくれるだろう。絶対にうまくいくというおかしな自信が、体の底から生まれていた。
「旦那様」
瞳をうるませていく巳雪さん。
彼女はそのままゆっくりと顔を近づけてきて、勢いよく私の唇を奪った。
「んんッ、じゅばあッ!」
当然のように舌が入ってくる。
蛇みたいな長い舌。それが私の口内をひたすらに責めてきた。
執拗にねっちこく、ずっと続き、私はダメになる。
(きもちよすぎるうううッ)
まるで大切なものを唇から奪われているみたいだ。私はすぐに立っていられなくなり、巳雪さんと一緒に布団に倒れた。
「じゅばあ・・・じゅるうう」
布団に仰向けに倒れた私に覆い被さるようにして、巳雪さんが接吻を続けてくる。彼女の大きな体によって私の小さな体が圧迫され、激しいディープキスだけでメロメロにされてしまった。
「旦那様」
唇を放した巳雪さんが言う。
「明日下山しなければならないので、今日は射精はなしにしましょう」
「は、はひ」
「その代わり、いっぱいキスしたいです。旦那様の頭がバカになっちゃうくらいに、わたしの本気キスできもちよくしてさしあげます」
もう頭はバカになってる。
とろとろに溶けた瞳で頭上の巳雪さんを見上げるしかない。憂いを帯びた瞳で、幸せそうにほほえむ女性。捕食者の無意識な舌なめずりの光景に目がくぎづけになり、次の瞬間には唇を奪われる。
「あひい・・・・ひい・・・・んんッ」
ただただ喘ぎ声をもらすだけ。
巳雪さんの大きな体にずっしりと押し潰されながら、私はひたすらに喘ぎ、快感に震えるだけになる。永遠と続くディープキス。そのまま意識を失うように気絶した。
*
「旦那様」
声が聞こえる。
私の意識は眠っていて、彼女の声だけが聞こえた。
「わたしの旦那様」
頭が撫でられている。
優しく、宝物を扱うように。
「愛しています」
額にキスをされる。
それを感じた瞬間、あまりの多幸感で今度こそ眠りについた。
●●●
翌日、下山の準備をすまして、私たちは玄関の外に立っていた。
見送りに出てくれたおばあさんと、巳雪さんが、惜別の別れを惜しむように、じっと見つめ合っている。
一緒に暮らしましょうという私からの提案は昨日のうちに断られていた。新婚夫婦の家ではお互いに気兼ねするだろうし、自分はここの生活が気に入っているからということだった。
「お元気で、巳雪様」
「お世話になりました」
最後のあいさつ。
二人は涙を流して別れた。
私と巳雪さんは、ゆっくりと山の中に入っていく。まだ涙を流している巳雪さんの手をぎゅっと握った。
「大丈夫。いつでも会いにくればいいんです」
「・・・・・・はい」
「これから、よろしくお願いします」
巳雪さんが涙をぬぐう。
そして満面の笑みとなって言った。
「はい。こちらこそよろしくお願いします。旦那様」
つづく